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これでいいのかにっぽん [政治]

おごる首相がつかんだ「こつ」という題で朝日新聞5月15日の朝刊の政治断裁に載っていた。要はこうだ。最近の安倍首相の国会での答弁で、首相の憲法改正の提案について、長妻氏が質問したところ、「自民党総裁としての考え方は読売新聞に詳しく書いてある。是非熟読してほしい」と。自民党総裁と首相の立場を使い分け、具体的な質問にはまともに答えない。長年首相に対峙してきた長妻氏によれば、「首相は最近へんなコツをつかんだ」そうだ。いわく①質問には答えずはぐらかす。②ヤジに反応する、③ヤジに対して長々と反論をして時間を稼ぐ。④「だから民進党の支持率は上がらない」と民進批判に切り替えるという流れで追及から逃げ切るコツをつかんだと。これでは国会の議論が深まるわけがない。民進党批判で悦に入る首相を増長させているのは、安定した内閣支持率らしい。
また東京新聞5月16日の「こちら特報部」で、安倍政権の閣議決定の多さとその異様さを記事にしている。閣議決定とは、時の内閣の正式な考え方で、その決定は其の内閣の間では基本的に踏襲される。安倍内閣での閣議決定は多種にわたり、辞書にない「そもそも」が「基本的という意味」ということや、最低限核兵器をもつことは憲法に禁止されていない。「内閣総理大臣夫人」は公人ではなく、私人である、などなど。
安倍政権は集団的自衛権の行使容認の閣議決定をした時、安倍内閣は、憲法を空洞化できると気が付いた。閣議決定は今や憲法より強いかのように効力を発揮していると、西谷修教授(戦争学)が東京新聞で述べている。「閣議決定は本来法的拘束力はない。三権分立である以上、立法府である国会や司法を拘束できない。しかし今は立憲体制が崩れており、内閣の独裁が起こっているので、国自体が独裁国家に滑り落ちる可能性もゼロではないと西谷教授は警告している。
加計学園の問題がマスコミをにぎわせている。安倍首相は、森友学園の時と同じように、知らぬ存ぜぬを決め込み、時間のたつのを待つつもりであろう。前川氏が頑張っていろいろな事を発言しているが、結局何の証拠もないこと、法律的に罪になることはしていないとタカをくくれば、ジーと時のたつのを待てばよい。時たま北朝鮮がミサイルとばし、安倍をバックアップしてくくれているので、そちらに国民の眼を向ければいいとでも考えているのだろう。加計学園の問題は、政治の私物化だ。国民の税金を使い、自分の身内に利益を誘導するために、官僚を使い有利にことを運んだ。官邸が官僚を支配する機構ができたのは、安倍内閣の始めた内閣人事局が大きく作用しているといわれている。今では日本の放送、銀行、法律のトップが官邸のいのままである。秘密保護法もできて、共謀罪も法律化されようとしている。このままの状態では、日本はどんどん一部の権力者の意のままとなってしまう。どうしようもない絶望感がただよう。マスコミも最近は頑張っているように見えるが、その後をカバーする国民の50%以上が、安倍内閣を支持している状態では、安倍のおもいのままだ。民進党も、政権交代の原因を作った野田氏が幹事長をしている状態では、本気で自民党と対峙しようとしているのかと疑いたくもなる。日本は民主主義国家とは言えない状態がやがて来る。アメリカは三権分立が機能しているので、立派にトランプの批判や弾劾がされようとしている。いつの間にか日本は民主主義を捨てて、安倍の独裁国家になるのも時間の問題である。そうならないために我々はどうしたらいいのか真剣に自覚し、行動していかなくてはいけない。

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moonlight [映画]

先週の日曜日に今年アカデミー賞の作品賞を受賞した「MOONLIGHT」を見た。話題映画だけに、混雑を予想して映画館に入ったが、アカデミー賞作品にしては、かなり空いていた。
 作品は、麻薬中毒の母親をもつ黒人少年シャロンの少年時代からティーンエイジャー時代、青年時代を描くと共に、アメリカのかかえる貧困問題、人種問題、同性愛、麻薬問題などアメリカに蔓延している社会問題を丁寧に描いた注目される映画である。タイム誌の2016年の映画ベスト10の中で第一位を獲得、今年のアカデミー賞でも、作品賞や助演賞などをとった作品である。
 シャロンが唯一心を通わせるのは、いじめの現場に居合せた、かれを助けた麻薬売人のファンで、彼の境遇を理解、夫婦して彼を励まし、心の支えとなっていた。しかし家では麻薬中毒の母親、学校ではいじめられ、彼の生活は悲惨としか言いようがない。いじめをうけていた中で唯一、同性の友人のケビンに、愛を感じるようになる。しかしシャロンは暴力事件を起こし、刑務所に収監され、彼との間も途切れた。成人してシャロンは麻薬売人に、ケビンは料理人に、二人はマイアミで再会する。
 日本もアメリカほどではないにしろ格差社会が広がってきており、生まれた時から人生のハンデキャップを背負いながら生きていかなくてはいけない人が多くなってきている。この映画は、黒人のおかれた厳しい状況やその中で生きていくにも、解決の方法も見いだせない閉塞感を感じる映画であるが、助演賞を獲得したファンを演じるマハーシャラ・アリと、成人になったケビン演じるアンドレ・ホランドが、とても心の中のやさしさを感じさせる演技がとても印象に残った。テーマからはとても暗い映画を想像させられるが、映画に流れている音楽とともに、ほんわかとやさしさを感じる映画だった。最近は「ツタヤ」のDVDばかりであったが、こういう映画は映画館で静かに味わいたいものである。


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安倍政権とメディア [政治]

トランプ米大統領は、25日行われるホワイトハウス記者会の春に開催する恒例の夕食会に「出席しない」とツイッターで明らかにしたとの記事を目にした。トランプ氏とメディアとの関係は、悪いままだ。そもそもメディアは、政権と距離を置かなくては、中立的な記事など書けるはずはない。日本はどうだろう。
今国会や、新聞やテレビでも、森友学園の国有地払い下げ問題が毎日にぎわしている。払い下げの経過にしろ、その価格の不透明さにしろ、森友学園の許認可の問題でも、こんなおかしなことがまかり通るのは、全く納得できない。政治家や官僚の介在なくしては、このようなことが進んでいくということは、常識的には考えられない。この問題がうやむやに終わるのだったら、日本の政治も末期的と言わざるを得ない。こんな時に信じられない記事が載っていた。2月28日夜、東京赤坂の高級中華料理店で、安倍首相と内閣記者加盟各社のキャップとの懇親会が3時間行われていたと。疑惑のさ中、記者と疑惑の当事者とまで言えないが、大いに関係ありそうな当事者の接待を受けるというのは、どんな記者魂なのだろうか?普通考えれば、そのような場合には距離を置くのが当然と思うが。もと毎日新聞の論説委員で、今はジャーナリストとして活躍の平野幸夫氏のブログの中で、次のように批判している。
27日は国会で安倍首相が森友学園の疑惑で集中砲火の質問を浴び続けた。普通の感覚であれば、仮に懇親会の予定が早くから決まっていたとしても、「なれ合い」の批判を受けないためにも、幹事社がそんな夜ぐらい避ける判断を下すべきであったろう。何度も取引先との記者懇談会に出た経験はあるが、取引先の疑惑が判明した渦中に、各社の記者と料理を囲んで食事をするようなことはしなかった。今回安倍首相が、自身に都合が悪い情報を与えるはずもなく、懐柔などの別の魂胆があるとみるのがまともな記者であろう。そんな時にのこのこ出かけていくキャップらの資質に疑念が残る。と書いてある。
「日本会議の研究」の著者、菅野完氏のツイッターに、「安倍首相が各社キャップに「森友の事は書くな」と圧力をかけた」とオフレコの情報が飛びっていると書いてあった。
我々は、新聞やテレビ、雑誌などからしか情報は得られない。私も、朝日、毎日や東京新聞を信用して、その情報は正しいと信じて考えをまとめている。しかし、その新聞の上層部が、政権となれあいの関係で、記事ができあがっているとするならば、出来上がった記事はどんな色に染まっているのだろうか。疑いながら記事を読むのも辛い話である。最近のアメリカも、決して民主的なよい状態ではないと思うが、司法と行政、立法の三権分立の構造は、保っているように見えるし、最初に書いたように、メディアと権力の関係も日本よりまだましなようである。日本では北朝鮮の非民主主義的な国家を批判するが、今の日本はそれを批判する資格があるのだろうか。憲法を無視し、国民をみせかけの政策でごまかそうとする安倍内閣の本質をあばかないメディアのだらしなさが、今後の日本を間違った方向に導かないか不安の毎日である。



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トランプ大統領の報道 それでいいのか? [社会]

連日テレビ 新聞では、トランプの一挙一動にマスコミの過剰な反応続いている。異常とも思える発言は、一国の大統領の発言とは思えないものだ。先日は国防大臣のマティス国防大臣が訪日し、安倍首相と稲田防衛大臣と会談し、日米安保はそのままの形で担保され、在日米軍の駐留も保障され、安倍を含めた閣僚はホットしただろう。また10日に安倍首相がアメリカまでのこのこ訪れ、何をお願いするのか知らないが、トランプと会談する。それとの関係のだろう、突然辺野古沖での工事が始まった。日本はこんなに一生懸命アメリカのために尽くしています、どうぞ日本を捨てないでくださいとでも言うのだろう。
トランプ大統領は、確かに今までの大統領とは全く異質の大統領であり、その言動の異常さからは、今後の世界のありようまで変わってしまうような心配は大いにあることは否定できない。しかしそれを倍加するように報道し、騒ぎ立てるのはどんなものであろうかと心配する。現実に、日本はアメリカのご機嫌でもそこねたら日本の防衛はどうなってしますのだろうかと、今の報道をみて心配になる人は多くいると思う。権力者はそれを逆に利用するということもあるということを、我々主権者である国民は自覚して考える必要があると思う。トランプ氏は所詮アメリカの大統領である。トランプ氏の異常な生活や言動などどうでもよい。大事なのは、そこに流れている世界の流れであり、その流れが我々にいいことなのかどうかということである。いまの権力迎合的なマスメディアの情報も冷静に判断する必要があると考える。
 「DAYS JAPAN」2月号で、堤美香さんは「トランプを選んだ米国民が取り戻したかったもの」という題で、トランプがアメリカの大統領になった背景を分析している。それをまとめると以下のようである。
政治が一部の超裕福層に私物化され、マネーゲームは暴走し、雇用は海外に流れて疲弊してきているところへ、オバマ大統領が現れた。彼は国内産業を潰して雇用を奪うNAFTA(北米自由貿易協定)はおかしいし、実体のないマネーゲームは異常で、ウオール街を規制し、マイノリティの福祉を進め、医療破産も学資ローンもなくすといい、国民の気持ちをつかんだ。これでやっと金持ちのための政治、戦争が終わると思ったが、実際は選挙中、アメリカ最大の献金をあつめ、しかもそれはほとんどがウオール街やグローバル企業の超裕福層からのものだった。そしてオバマ大統領は就任すると、すぐに金融機関を税金ですくい、アフガニスタンに軍隊を派遣し、遺伝子組み換え業界への規制緩和を行った。オバマの「幻のチェンジ」からめざめ、そこにトランプ、サンダースなどの、超裕福祖から献金をもらわない二人が登場したのである。選挙前の予想では、ほとんどがクリントンの勝利だった。アメリカの大手メディアは、日本で思っている以上に偏向しており、ジャーナリストの大半が白人エリート男性である。彼らのほとんどはクリントン支持で、トランプ支持は59社中2社だけだった。一般大衆は、イラク戦争が「事実でない報道」によって起こされて以来、マスコミを信じなくなっている。あからさまなヒラリー礼賛がトランプを勝たせたと言っていい。トランプが当選してから、マスコミのほとんどはトランプの差別主義や女性蔑視や保護主義者で、強欲のなりあがりものとの報道がほとんどでる。しかし彼の主張の中の、いままでの自由主義という形をとった一部のグローバル企業が、税金を落とさず雇用を奪っていくことに反対している点が、今後どのように対処していくかを見守る必要があると思う。日本の報道はアメリカのマスコミからの情報をそのまま流しているので、トランプの過激なまで言動や挙動ばかりを報道している。しかしアメリカの国民が選んだその根底にある「国民主権」ということに、目を向けていかなくてはいけないと言っております。
 トランプの言動を見る限りでは、とんでもない大統領がなったものだ、これでやっていけるのだろうかという心配が沸き起こる。ある国を指定して入国を禁止したり、エルサレムに大使館を移したり全く受け入れない政策も数多く見受けられる。国のありようは複雑で、正解というものはない。戦争になるような事や、一部の弱い人が不利益を得るようなこと、差別をしないということが国を動かす際の大事な点ではないだろうか?トランプが大統領になる前は、今の格差の元凶はグローバル化によるもので、この点は多くのマスコミが指摘してきた。トランプはアメリカの保護主義を徹底しようとしているが、そこの点と、以前のグローバル化にたいするマスマディアの批判する点との整合性が、私には良く解らない。
 トランプ大統領は、経済というところしか見ない所詮「小人」だ。今の世界で起きている色々な紛争多くは、経済問題が根底にあることは間違いない。しかしアメリカのような大きな国が、自国の経済を中心に考えたのでは、世界の情勢はもっと不安定になっていくことは間違いない。今のマスメディアの報道の態度は、その小人の枝葉の部分を批判することによって、大事な事を見えなくさせてしまっているように感じる。

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多様性のある社会を [社会]

東京新聞の一月八日の「時代を読む」の欄で哲学者の内山節さんが示唆にとむ話を載せていたので要約して紹介します。
 内山さんの正月は群馬県にある上野村で過ごすのを常としています。
高度成長真っ盛りの時の正月、村の有線放送のスピーカーから、村長の年頭の挨拶が流れてきた。その挨拶は少し違っていた。「焦るな」と呼びかけ「経済成長に乗ろうとしていて、焦ってしまって村を壊してしまったら何もならない。それよりも村の自然を守り、村の共同体を守り抜こう。そうすれば必ず上野村は日本のトップランナーになる日が来る」高度経済成長時代は上野村の子供たちは、都会に出て働いた。そして成功した子供たちを、両親たちは誇りをもって自慢した。しかし高度経済成長も終わり、その雰囲気にも変化が訪れる。都会の仕事や暮らしがそんなに良いものではないとわかってきたし、両親たちも村の暮らしの良さを感じるようになってきた。収入は決して良くないが、お金では買えない良さが、村にはある。自然、共同体、村の歴史や文化、そういうものと結ばれながら暮らす安心感が村の暮らしの中にはある。都会の若者たちが村に移住し始めたことも大きかった。村の人口の2割が移住者で占め、元からの村人の持っている技や知恵と、移住者たちの能力が上手く結び付けられれば、力ある村づくりになる。一昨年の村の中学生の意識調査では、将来どこで暮らしたいかとの質問に、全員が「上野村」と答えている。自然と共同体を守り、その世界に新しい人たちも迎い入れる。その成果がこんな形に表れている。上野村の正月は落ち着いた時間と共に流れ、葉が落ちた森の木々の間から青空が見え、帰ってきた子供たちもその正月を楽しんでいた。内山氏が上野村で正月を過ごすようになって半世紀、世の中や人の心も変化した。都会では非正規雇用が増大、格差も拡大し、暮らしも、決して楽ではない人が以前より増えた。国内総生産を増やすことより、豊かな森や川、海があったほうがいい。自然と共に生きるようにすれば、その方が豊かな暮らしが出来るからだ。自然に助け合える社会があれば、孤立して生きる不安からにげることができる。今では多くの人が、そういう社会をもとめるようになってきた。と結んでいる。
 安倍首相の年頭の挨拶は、アベノミックスをもっと確かなものにと、述べている。全く実感のない経済政策にうんざりしている人も多いと思う。アベノミクスが政策の大黒柱である今の政権は、大企業には手厚くし、そのおこぼれで下のほうにお金が回るという考えであるが、大企業はそのお金は内部留保まわり、政権の思わくとは違った方向にいっている。社会は多様性が必要であり、大企業ばかりが社会を形成しているのではなく、中小企業や零細企業もなくてはならない。小さいからこそできる仕事がある。日本の企業はそういった中小企業の丁寧な仕事で発展してきた面がある。グローバルな時代、世界の中で日本のように資源もない国は、競争力がある大企業ががんばらないとダメになってしまうと考えているのだろうが、その発想は変えるべきではないだろうか?内山氏のエッセイを読んで社会にとって一番大事なもの、我々が失った物を感じた。

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日米地位協定の再考を [政治]

先週沖縄でオスプレーが墜落した。米軍の発表では、「不時着」と。オスプレーの安全性について、政府や防衛省は調査すると答弁した。沖縄の安慶田副知事は事故の説明をうけに軍基地に赴いた際、駐米副参謀将のニコルソン氏は、パイロットが市街地を避けるため、普天間飛行場にではなく、名護市東岸を目指したとして、「パイロットはヒーローだ」「なぜ抗議されるのか」と相当怒っていたと記者の質問に答えていた。これは本音なのであろう。まさに沖縄(日本)はアメリカの植民地であり、自分たちは沖縄や日本のためにいてやっていると勘違いしているのであろう。オスプレーの安全性はともかく、米軍が沖縄に駐留しているという事実は、日米安保条約に始まる。そしてその時の細目の取決めが「日米地位協定」である。沖縄国際大学教授 前泊 博盛氏の「日米地位協定入門」創元社を読んで、この地位協定があっては、今の沖縄の諸問題や基地問題は解決できないとわかった。これまで、幾多の問題が噴出するも、アメリカに押し切られ、沖縄の人々はそのたびに悔しい思いをした。しかしその地位協定を見直そうとした政治家は誰もいない。問題が難しいのか、それともその地位協定が必要と考えているのか私にはわからない。しかしこれほどの不平等な条約はないのではないか?国民がそれを知ったうえで認めるならしょうがないが、おそらくその不平等さはあまり知らないのか、そして政府、御用マスコミは解らせようとする気がないのではないかと私にはそのように思えてくる。そこでその日米地位協定について、簡単に概要をまとめてみた。
日米地位協定とは、在日米軍の法的地位の取決めであり1952年サンフランシスコ講和条約に調印した際、同時に旧日米安保条約を締結、その運用法についての細目を定め「日米行政協定」として調印された。それは①日本全土の基地化 ②在日米軍による基地の自由使用が大きなテーマで、吉田茂首相がアメリカに赴き調印した。その時は、日本はまだ米軍に占領されていた時期で、サンフランシスコ講和でやっと独立国として自立、まだ国としての機能ができていない時期であり、吉田首相が一人でアメリカに赴き、あまり検討する余地なく一方的にアメリカのいいように決められ、調印に至ったとも書かれている。この条約は、岸首相の時に新安保条約の改定、その際に行政協定が地位協定と名前をかえ、締結された。内容はそれ程変わっていないようである。その際の反対運動は歴史にも残り、国会前では何十万という人に埋め尽くされた映像は、心に強く残っている。この条約の問題点は、一方的な不平等条約であるということである。前泊によると問題点を5つに要約している。
① 米軍や米兵が優位に扱われる。
② 環境規定がなく、いくら有害物質を垂れ流しても罰せられない協定の不備
③ 米軍の勝手な運用を可能にしている。
④ 協定で決められていることも守られない。
⑤ 米軍には日本の法律が適用されない。
最近座間で飛行の差し止めを起こした住民裁判でも、自衛隊機についても訴えを退けたが、米軍の夜間飛行の差し止めについては全く「にべ」もなく門前払いされた。裁判所も地位協定の前には、全く検討の余地も与えてくれない。(日本の裁判所は政権べったりで、三権分立とは名ばかりであるが)12月20日の朝日新聞の社説でも「県民より米軍なのか」という題でオスプレーの飛行再開について、何の説明がないままの再飛行再開をゆるした政府の姿勢を厳しく批判している。その中で事件や事故のたびに問題になる地位協定の改定にも、政府は本腰を入れて取り組むべきだと論評している。マスコミも個々の事例に対する批判ではなく、その根底に横たわっている安全保障や地位協定にも深く解説し、論評すべきである。それでないといつまでも同じことが繰り返され、沖縄の人々や基地に接する人たちがかわいそうである。

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もし在日米軍が撤退したら [政治]

国会ではTPP法案、年金法案、挙句の果てはカジノ法案まで立て続けに強行採決を行い、国会とは何なのかと国会軽視の安倍政権に疑問を持たざるを得ません。こんな政権が60%の支持率を得ていることはなんだろうかと解らないことだらけの今の日本です。アメリカ大統領選挙の意外な結果の狂騒もひと段落し、今は静かにアメリカの動向を見守る状況下と思います。トランプ大統領になった時の日本の一番の関心事は、在日米軍に対する処遇がどの様に変わるかということではないだろうか。日本により多くの負担を求めるのか、または米軍の縮小、撤退するのかということは、日本の将来にわたる大きな問題であると思います。撤退、縮小してくれれば、沖縄や本土にとっていいことではないかと思うが、果たして日本の防衛は大丈夫なのかという心配事はあります。私は防衛という事は今まであまり考える機会はありませんでしたが、このような事態に及び、訳の分からない政権に任せるのではなく、国民の一人として考えていかなくてはいけないと考えるにいたりました。11月16日の東京新聞の「こちら特報部」で在日米軍が撤退したらどうなるという記事が載っていたので、考えるヒントとして紹介いたします。

 在日米軍は横田基地の司令部を置き、2013年時点で、陸海空軍と海兵隊で計5万4千人が展開し、日本国土の0.6%の沖縄に74%の米軍専用施設が集中している。連合軍が日本占領後も米軍を日本に駐留させたのは、東西冷戦後、共産主義陣営の防波堤にするためであった。駐留の根拠となるのは、1960年に発効された新日米安保条約で、日本が攻撃された時に米軍が防衛する義務が明確化された。その第六条に「日本国の安全と極東の国際平和維持に寄与するため、米国は陸海空軍が日本での施設や区域を使用することが許される」とあり、これが米国への基地提供義務と解され、同時発効の日米地位協定で「米国に負担をかけないで提供する」と定められた。1978年からは駐留経費負担の一部負担する「思いやり予算」の拠出を始めた。昨年12月 日本はアメリカにたいして5年間で九千四百六十五億の負担、16年度は基地で働く日本人従業員の人件費計千九百二十億円を支払った。このような状態の在日米軍であるが、トランプ氏はより一層の負担をもとめ、それがないならば撤退も含ませた。すぐ撤退は考えにくいが、なんといっても大統領の発言だけに、米軍が撤退したらという「頭の体操」はしておかなくてはならない。
在日米軍が撤退したら、東アジアの軍事バランスは崩れ、中国の実効支配を強める東シナ海のようになりかねない。また中国がすぐにではないが次第に東シナ海の日本の権益を削っていくと懸念する元自衛官の泥氏。一方ではアジア地域での米軍の軍事的権威の低下は、アフリカや中東へも波及し、アメリカ本土への脅威にもつながり、市場や資源も失うので、撤退はなく、駐留費の増額が目的だという考えもある。また軍事評論家の田岡俊次氏は全く違った考えだ。彼は、米軍が撤退しても日本防衛には全く穴があかない。日本に駐留している横須賀長崎の艦隊は西太平洋、インド洋出動に備える第七艦隊で沖縄の海兵隊も揚陸艇での出動に備えているのであり、日本の防衛に当たる在日米軍はゼロだと。また同氏は「日米防衛協力のための指針」には、日本防衛のあらゆる分野で、自衛隊が一義的責任を有すると記されており、米軍の支援は補完的である。抑止力の低下についても、「抑止力」というのは、相手の理性的判断を前提にしているのであり、どんな場合でも偶発的な戦闘には「抑止力」は関係ないと言っている。逆に米軍が撤退したほうが、中国と台湾、北朝鮮と南朝鮮の関係があやしくなった時、日本が攻撃対象から外れ、危険が遠のくとの考えをしめした。

撤退してらどうなるかという議論は、その状況やそれぞれの基盤となる考え方によって、色々な考えがでて、一つの答えではないことは事実である。それこそ歴史でしかその判断の良否が判断出来ないかもしれません。将来の日本は、世界の中でどのような立ち位置として生きていくのかということは、大きな判断基準となるかもしれない。今の政権のように。経済第一、国際社会での存在感を示したいならば、戦前のように力での日本の防衛を考えるのだろう。しかし日本は所詮太平洋に浮かぶ小国である。日本のよさを認識して、国際社会の中の日本固有の生き方を選択すれば、最低限度の防衛でいいという考えも出てくるのではないだろうか。いずれにしても、あらゆる分野からの議論と情報分析が必要で、皆が考えるのを避けてはいけない大きな問題と思います。


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次期トランプ大統領になって考えること [政治]

トランプ氏が 次期アメリカ大統領に確定した。マスコミのほとんど、クリントンが女性初めての大統領になると信じていた。その予想の大部分は、トランプ氏の差別発言や、日本や韓国は原爆を持てばいい、また日本や韓国などを守る必要はないなどという安全保障上のエクセントリックな発言、またメキシコとの間に大きな壁を作るなど移民政策に関する発言が、どれをとっても大統領候補の発言と思えないような幼稚な暴言で、多くの人の心を得ることはないだろうと考えられていたからだ。ここ2-3日のマスコミは、トランプの勝因を次のように分析している。そのほとんどが、投票した人が、その暴言を評価したのではなく、グローバリゼーションのなか、アメリカの中流層がどんどん貧しくなり、中間層からこぼれた白人労働者層の不安、怒りとそこから生じた反エリート、反移民、反自由貿易への常念などが、このような結果を導いたと解析している。アメリカの国が現在どの様な状況におかれているか、日本にいてはあまり感じないが、最近の報道では、グローバル化の波により、地方の工場は軒並み閉鎖に追い込まれ、そこに働いていた労働者は軒並み職を追われ、付加価値の少ない単純労働にいかなくてはならなくなった人はいいほうで、国の保護に頼らなくてはいけない人も多いようである。アメリカの経済はそれ程悪いように見えないのは、シュールガスにより、うわべの経済が好調で、一部の裕福層のみが、その恩恵をうけ、中間層から下の層は、給料も上がらず、就職口もみつからず、あっても付加価値のない単純労働で、なかなか大変のようである。1%の裕福層の所得が、国民40%分の所得に相当するなどという統計も示され、決して豊かな富める国ではないようである。さしずめフランス革命前のフランス庶民とベルサイユ宮殿の中の人々のようだと例える人さえいる。このような状況が、裕福層の代表であり、それらを基盤とするクリントンよりも、暴言にはすべて賛同はできないが、トランプなら中流以下の層に対する政策もされるのではとのかすかな期待のなかでの勝利だと理解される。いまやアメリカは、世界で一番影響力のある国であり、トランプのようなエクセントリックな人間が大統領になることに不安を隠せない人は多いと思う。どの発言をみても、アメリカの孤立主義を増長し、他の国には影響をおよびしかねない政策ばかりである。すべてが実行されるとは思えないが、その政策変更に対したそれぞれの国の冷静な判断が必要になってくる。そういった心配もあるが、一抹の期待の中に、今回選ばれた背景にいる弱者の声を、すいとった政治をしてくれたらというはかない期待と、海兵隊の撤退など沖縄問題などがよいほうに向っていくというかすかな期待、日米安保条約の見直しなどが行われていけばいいなとかすかな希望を持っているが、所詮夢であろう。とにかく来年の世界情勢はいいにしろ、悪い方向に行くにしろ、大きく変わっていくように思われる。放言だらけ安倍政権、法を全く無視する無責任内閣は、世界の激しい動きに対応する能力はゼロに等しく、アメリカに向って尻尾をふり、アメリカの眼ばかり気にしている現政権のことを考えると、日本がどのようになるのか、それのほうが心配である。
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シルバー民主主義と現政権 [政治]

アーアと思わず声が出てしまう。自民党総裁の任期が、最長3年3期と延長された。自民党制度改革実行本部で、今までの総裁任期、連続2期6年から「連続3期9年」に上すことが決まった。一昨日の総務会で了承、来月の党大会で正式に党則を変更するという。制度改革実行本部では、自民党所属の前議員は414人が対象だが、56人の出席で決まったという。自民党総裁だけの決定ならいいが、それは日本の首相を9年間続けるということにつながる。選挙があるので、選挙で自民党が過半数をとらなければ、首相にばれないということは事実であるが、現実今の日本では、そのまま首相が9年間続くということになる。数の理論で、政治が動かされることは、民主主義の中では間違ったことではないが、イギリスで、EUからの離脱の国民投票では、残留が49%、離脱が51%とわずか2%で国の歴史に残る大きな事が決まった。多数決の良否については、いろいろ意見があり、多数決で多いほうが必ずしも、全体の意見が反映されるとは限らないという意見も多くある。しかしそれに変わる、多くの人の意見や考えが反映される方法はないのも事実である。日本においても、先の集団的自衛権の改定の議論の時も、秘密保護法の時も国民の大多数が反対を表明しているのにもかかわらず、その法案を強行し、その後はその非民主主義な手法を隠すがごとく、経済をよくするためにアベノミックスをもっと推進するとごまかし、いつの間にか支持率も元のように回復させた。今の有権者の多くは、高齢者で占められていて、権力者はそちらをターゲットした政策を中心にして、政策を立案していけば選挙では優位に立てるとみており、選挙でえた議員の数で自分の権力を保持、憲法改正や戦前回帰の政策を組み立てていく。9月25日の東京新聞の社説で「シルバー社会と金の卵」という題で論説を載せていた。要約すると一昔前(高度成長期)は、豊かな社会の担い手として若者たちは「金の卵」として重用された。しかし半世紀過ぎ、繁栄は日本人に長寿の幸せをもたらし、高齢化、人口比率で最大の団塊の世代も支えられる側に、そしてそれを支える若者たちは少子化で、今までの倍の年寄を支えなくてはならなくなってきた。政治家は人口比率の高い高齢者優遇の政策に向いがちである。夏の参議院選挙では、投票率の最低は、20代前半の33%、最高は70代前半の74%であった。日本の金融資産の保有状況をみると、貯蓄の58%、有価証券の72%が60歳以上の世帯によって保有されている。貯蓄がマイナス金利を受けて一切の利息を生まない状況において、高齢者にとって保有する株が上がることへの関心は尋常ではなく、今の日本は株価をあげて株価を上げるということが、企業に対してだけではなく、シルバー世代の心をつかむうえでも重要な政治課題である。そして経済をよくする手立てが見つからないとみるや、年金で貯めた資金(「GRIF」を日本株につぎ込み、いまや上場企業の四分一の筆頭株主が公的マネーという異常な事態を招いている。このような状況下、若者たちにはどんな希望を持てるのだろうか?非正規の割合がどんどん高くなり、日本の給料の水準は世界で19番目に落ちていった。高齢者の2人を、一人の若者が見なくてはいけない現状の中、若者たちに夢を持たせるような政策は一つもない。財政はどんどん悪くなり、原発による廃炉費用や、原子力発電ででた放射性物質をどうするのか、はたまた地球温暖化の二酸化炭素の放出を規制する問題でも、企業、経済が優先される。そこには若者という言葉が一つもない。投票率が上がらないのも、政治に関心が持てないのも理解できる。どうしたらいいのか、先の社説ではつぎのように結論づけています。
若者たちが夢を描ける政治の向きを変えることが必要でしょう。さしずめシルバー民主主義の克服です。若者の政治力を強める選挙改革か、若者の負担を減らす政策変更か、簡単ではありませんが高齢者層の理解が必要です。いわば子の幸せを願う“親ごごろ”への期待です。
シルバー世代の私も、これからの日本を考える時、痛みなしには日本をよくすることが出来ないと思います。決して明るい未来は見えてきませんが、若者たちの将来のためにも、もっと先の子供たちのためにも、何かをしていかなくては事実です。まず今の政権の目指していく方向は明らかに間違っているので、それを指摘、変えて行くにはなにをしたらいいのかということを皆と共有し、行動していかなくてはいけないと考えています。

ヒトラーのやり方をまねればいい? [政治]

以前麻生前首相が、憲法改正の論議だったか、安保法制の時だったか、記憶がさだかではないが、このような事を決めていくにはナチスのやり方をまねればいいと発言し、物議を招いたことが記憶の底に深く残っている。その時は例えとして莫迦な例えをだして、知性がない人だなとぐらいに思っていたが、その後、秘密保護法や安保法制の改定などの重要な法律が強引に決められていくうち、なにかこれは冗談で言ったのではなく、かなり確信的な発言だったのではと思わざるを得なくなってきた。
 東京新聞のワールド観望で、ワイマールの教訓という記事がでていた。ワイマール憲法は日本国憲法の先駆といわれるほど民主的な内容のようだが、ナチスがそれをどのように無力化していったか、そして民衆を洗脳して第二次世界大戦に突入していったかが書かれていた。
 その時のドイツの状況としては、第一次世界大戦の敗戦国としての賠償金が重くのしかかり、高いインフレと高い失業率で、国民の生活はかなり苦しい状況にあった。そこで、ヒトラーは、そのような空気を大いに利用した。今の生活が苦しいのは、軍が起こした戦争のためではなく、ドイツ皇帝を倒した革命のせいだと、背後から刺されたようなものだという言い訳だ。共和国とユダヤ人へと広がった憎悪を養分にナチスの勢力を拡大した。ワイマール憲法は「国家権力は国民に由来する」と基本的人権を保障、議会制民主主義を保障していた。しかしその一方、危急時には基本的人権を制限して必要な処置を講じることが出来るという大統領緊急令を認めていた。ヒトラーは総選挙で第一党に躍進すると、ヒンデンブルグ大統領に取り入り、首相任命を勝ち取ると、大統領緊急令を乱発、言論の自由、政府批判する集会を禁止する、仕上げには、国会審議なしに法律を作る全権委任法を制定、何もかも自由に、そして憲法とは関係なく思いのまま行動出来るようになった。共和国時代の「決められない政治」に不満をもっていた国民にとって、賠償金支払い拒否など、第一次世界大戦後の「戦後レジーム」からの脱却を進めたヒトラーは、頼もしいリーダーと映ったのだろう。また人心掌握のため、国民へのあめは不可欠だった。アウトバーンの建設などで雇用を拡大、低所得者への課税引き上げ免除、兵士の家族への手当て支給など福祉を充実させた。そのような財源の多くは、没収したユダヤ人の資産だった。そのように国民の歓心を買い、ユダヤ人という敵をつくり、国民と共に徐々に戦争へと導かれていった。
 今のアメリカの大統領選挙や欧州各国の選挙、はたまた日本の状況で、ポピュリストが勢力を維持しているのを見ると、なにもヒトラーに限った話ではないと懸念していた。
安倍政権は、日本の厳しい財政事情とはお構いなしに、外遊し、色々な国に金をばらまいている。国民にとって「世界の安倍」をアピール、頼もしいリーダーに見えるだろう。消費税を延期し、それはいいとしても、日本の財政をどうするかのビジョンも示さず、全く内容のないアベノミックスと進めるといって、お金をばらまき、国民には口当たりの良いだけで実効性のない政策を並べ、挙句の果てには、北方領土進展というごまかしで、解散総選挙だと。国民にはオリンピックという娯楽と与え、沖縄や日米安保条約や原発をどうするかなどということには、目も向けさせず、ひたすら自分の権力保持にまい進する、こんな政権を何故許しておくのだろうか?

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